ええフォト!なら【古い町あるき編】
奈良はとっても歴史が古い町。
寺社仏閣以外にも、昔ながらの面影を残す町がたくさんあります。
古い家々が立ち並ぶ細い路地を歩くと、
かつての日本にタイムスリップしたかのようです。
今回はそんなノスタルジックな古い町並みを12回にわたってご紹介。
人々の暮らしと記憶を伝える町を、そぞろ歩いてみませんか。
※住居として使われているものもございます。見学の際は節度を守り、個人にご迷惑のかからないようにお願いします。
今井町(重要伝統的建造物群保存地区、橿原市)
2017年12月27日掲載
(写真提供:橿原市)
中世末に称念寺の寺内町として形づくられた今井町。
大和の商業の中心として発展し、近世には「大和の金は今井に七分」とうたわれたほどの繁栄を誇りました。
重要文化財の民家8軒をはじめ、江戸時代から明治・大正・昭和初期にかけて建てられた多数の民家が、町の人々の手で大切に保存されています。
日本建築史上貴重なものでもあり、1993年には重要伝統的建造物群保存地区の選定を受けました。
歩くだけで江戸時代にタイムスリップした気分になること間違いなしです。
写真の場所:今井まちや館
新町通り(重要伝統的建造物群保存地区、五條市)
2017年12月25日掲載
江戸時代初期~昭和初期にかけての町家が東西約900mにわたって残る新町通り。
慶長13年(1608)に二見城主として入城した松倉重政が、城下町として整備したのがそのはじまりです。
新町通りには、建築年代がわかる民家としては日本最古の「栗山家住宅」(重文)をはじめ、さまざまな年代を代表する貴重な町家が残されています。
2010年には重要伝統的建造物群保存地区にも選定されました。
1つ1つ町家を眺め歩き、積み重なった時間を感じてみてください。
写真の場所:まちや館
竹内街道(葛城市)
2017年12月22日掲載
(写真提供:葛城市商工観光課)
「日本最古の官道」ともいわれる竹内街道。
難波と飛鳥を結ぶ道として推古天皇の時代に敷設され、2017年4月に日本遺産に認定されました。
街道には大和棟(やまとむね)など伝統的な様式の古い民家が残っています。
松尾芭蕉や吉田松陰など、歴史に名を残す人々もここを歩きました。
司馬遼太郎は幼少期を過ごしたとか。
俳人や作家になりきって歩くと、町歩きがさらに楽しくなるかもしれませんね。
写真の場所:綿弓塚
土佐の町並み(高取町)
2017年12月20日掲載
日本三大山城の1つ、高取城の城下町だったのが高取町土佐です。
八木から壺阪寺へ通じる街道沿いに発達しました。
高取城は城跡となり、いまは石垣が残るのみですが、城下町には旧高取藩家老中谷氏の住宅や、かつての下屋敷の門など史跡も多く、城下町だったころの雰囲気を伝えています。
町では3月の「町家の雛めぐり」など、折々に行事が行われます。
行事を楽しみつつ街道を漫歩して、町の人々と触れ合ってみてはいかがでしょう。
写真の場所:高市郡高取町土佐(夢創舘)
龍田街道(斑鳩町)
2017年12月18日掲載
法隆寺建立時に、お寺の守護神として龍田大明神を勧請したと伝わる龍田神社。
神社の目の前の道は、近世に発達した奈良街道です。
地元では龍田街道とも呼ばれます。
このあたりは、中世に龍田市が開かれた商業の中心地でした。
さらに、近世には街道の分岐点の宿場町としても栄えました。
街道沿いに今も古く味わい深い町並みが残っています。
法隆寺参詣の際、足をのばして龍田街道と龍田神社も訪れてみてください。
写真の場所:生駒郡斑鳩町龍田(龍田神社)
宇陀市松山地区(重要伝統的建造物群保存地区、宇陀市)
2017年12月15日掲載
宇陀松山は松山城の城下町として発展した町です。
大坂と伊勢を結ぶ交通の要衝でもあったことから、宇陀紙や吉野葛、製薬などの商家町としても賑わいました。
宇陀川沿いの南北の通りには約200軒もの伝統的な建物が残っており、2006年には重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。
国史跡の森野旧薬園や旧薬問屋を利用した薬の館など、町の歴史や商いを学べる施設も。
古い家屋は中に入って見るだけでも楽しいですよ♪
写真の場所:宇陀市大宇陀
三輪郷(桜井市)
2017年12月13日掲載
大神神社のふもとにある三輪郷。
大神神社、大御輪寺(だいごりんじ、現・大直禰子神社)、平等寺などの門前町としてはもちろん、長谷寺や伊勢詣でへの通過点であることから、宿場町としても栄えました。
三輪の町なかを通る上街道沿いには、旧門前町を伝える庄屋や民家が立ち並んでいます。
お正月もにぎやかですが、おすすめは2月5日から7日まで催される三輪坐恵比須(みわにいますえびす)神社の初えびす。
その年の三輪そうめんの値段がこの初えびすで決められます。
写真の場所:桜井市三輪(今西酒造)
長谷寺門前町(桜井市)
2017年12月11日掲載
古くから長谷寺の門前町として発展した初瀬(はせ)の町。
伊勢街道への通過点でもあり、旅宿や公家・大名の本陣も設けられました。
幕末から明治・大正にかけて建てられた旅館や飲食店には名物の草餅や土産物の店が軒を連ねます。
花や紅葉の季節に参拝者でにぎわうようすは、見ているだけでも楽しいもの。
草餅もいろんなお店で売っています。
食べくらべ、あちこち寄り道しながらの長谷詣でをぜひ。
写真の場所:桜井市初瀬(山田酒店)
萱生環濠集落(天理市)
2017年12月8日掲載
天理市にある萱生(かよう)環濠集落は、盆地内ではもっとも高いところにある環濠集落です。
西山塚古墳の水濠を利用して造られており、古墳が町の一部として、防御に、灌漑(かんがい)に大活躍。
1kmほど北に歩けば、竹之内環濠集落もあります。
どちらの環濠集落も日本最古の道「山の辺の道」沿いにあり、周辺は古墳や古い神社など、歴史を感じるものがたくさん。
ハイキングコースとしても人気で、歩くにはもってこいです。
写真の場所:天理市萱生町
郡山城下町(大和郡山市)
2017年12月6日掲載
豊臣秀長や柳澤氏など、名だたる戦国武将や諸大名が入城した郡山城。
大和郡山はその城下町でした。
町名や町割りには、いまも時代の名残があちこちに見られます。
その1つである紺屋(こんや)町は、紺屋、つまり染物屋が軒を連ねた町です。
道路の中央を流れているのは、布地を洗う際に使った水路です。
のぞき込むと、金魚が泳いでいることも。
水路沿いには染め物体験ができる施設もありますよ♪
旅の思い出にいかが?
写真の場所:大和郡山市紺屋町
稗田環濠集落(大和郡山市)
2017年12月4日掲載
環濠集落をご存知ですか?
集落全体が水濠でかこまれた村のことです。奈良に多いことで知られます。
戦乱の続いた室町ごろに自衛の目的から発達しました。
稗田(ひえだ)環濠集落はその代表例。
中世の遺構がほぼ完全なかたちで残っています。
戦国時代には城砦的な役割を果たしたこともあるそうです。
天気のいい日に、水濠をぐるっと一周しても気持ちいいですよ。
写真の場所:大和郡山市稗田町
ならまち(奈良市)
2017年12月1日掲載
(写真提供:奈良市観光協会)
奈良市の旧市街地奈良町は、近世から明治にかけて、大和の商工業の中心として発展したところです。
なかでも元興寺周辺一帯には、間口が狭く奥行きが深いといった特徴的な町家がよく残っており、いつからともなく〝ならまち〟と呼ばれるようになりました。
町には、墨や筆、酒、奈良漬、奈良晒(ならざらし)などの伝統産業はもちろん、町家を利用したカフェや今風の雑貨店もたくさん。
新しい風が常に吹く古い町は、内外からの観光客でいつも賑わっています。
写真の場所:奈良町にぎわいの家