第106回 勝手に奈良検定
問題1 |
謹賀新年、今年もよい年にしたいもの。ご利益を願ってこのお菓子を用意しましたが、さて、どなたにお供えすると喜んでくれるでしょうか? 1.吉祥天(きっしょうてん) |
正解は、3の歓喜天。
歓喜天は人間の体に象の頭をもつ神で、ヒンズー教の神「ガネーシャ」が仏教に取り込まれたものです。よく肥ってほのぼのとした印象さえ受けますが、実はたいへん暴れん坊の神様です。ガネーシャは十一面観音の美しさに惹かれ、その体に触れたくなり、観音も慈悲をもってお互いに抱き合います。この慈悲の神と暴神が一体となった究極の合体の姿が歓喜天であり、男女和合や子授け、さらには生きる喜びを肯定する芸能の神、そして現世利益を約束する神として、庶民の信仰を集めています。
十一面観音の力によって仏教に取り込まれ、その教えを守護する善神となった歓喜天は、別名を聖天(しょうてん)ともいいます。奈良県生駒市の宝山寺「生駒聖天」は、日本三大聖天の1つに数えられています。この歓喜天の好物が大根と歓喜団です。大根はもともとガネーシャの大好物で、古くから毒消しの食べ物とされます。歓喜団は巾着型の唐菓子で、歓喜団子とも呼ばれ、京都の菓子店では揚げ菓子として売られています。聖天さんの御紋は、巾着にクロスした大根をおいたもの。まさに聖天さんもホクホクの大好物が御紋となっているのです。この御紋は宝山寺のいたるところで見られます。
1の吉祥天の好物は、ヒシの実です。ヒシは池や沼に広がる一年草で、種類により大小様々ですが、2本もしくは4本のとがった角のある実をつけます。忍者の「撒きビシ」は、オニビシを乾燥させたものと言われています。日本でも古来食用にされていますが、実はこの実が、吉祥天が仏教に取り込まれる以前の姿、蓮華の女神ラクシュミーの大好物なのです。2の宇賀神は、老人や女性の頭をもつとぐろを巻いた蛇の神様です。奈良では喜光寺などでお参りすることができます。また4の弁才天は財宝や音楽の女神として知られ、そのお使いは蛇。しばしば弁才天の頭の上に、小さな鳥居と宇賀神が置かれることもあります。つまり、この2神の好物は、蛇の大好きな卵です。たくさんの神仏がおわす奈良。初詣、みなさんはどこにお参りされますか?
問題2 |
霊場ひしめく生駒山。お参りに行くときに「前垂れ」姿で行っていいのは宝山寺。では「羽織袴」で行かないといけないところは、さて、どこでしょうか? 1.往馬大社 |
正解は、3の朝護孫子寺。
「信貴山は羽織袴、宝山寺は前垂れで」。これは大坂や奈良の庶民が、生駒山一帯にある2つのお寺に行くときの心構えを説いたものです。どうやら信貴山は、正装で行かなければいけない山のようですね。この信貴山朝護孫子寺は、山門前の大きな張子の寅で知られます。物部守屋(もののべのもりや)との戦いに向かう聖徳太子が、この山の近くを通りかかって必勝の祈願をすると、毘沙門天王が突然出現し、勝利のご加護を授かったといわれる古刹です。「信貴山」とは「信ずべき貴ぶべき山」の意味で、太子自ら名付け、毘沙門天を彫り、伽藍を創建したと伝えます。毘沙門天が現われたのが、寅年、寅日、寅の刻だったため、信貴山では寅は毘沙門天の聖獣として崇められています。
聖徳太子創建のこのお寺に「朝護孫子寺」の名を付けたのは、平安時代の醍醐天皇でした。病に伏せっていた天皇の病気平癒を願い、天皇の命により、命蓮上人が毘沙門天王に祈願をしたところたちまちに病が治ったといいます。そこで天皇は、「朝廟安穏」「守護国土」「子孫長久」を願い、また朝廷を守護する神として、「朝護孫子寺」の勅号を賜りました。その伝統ゆえに、代々の天皇や貴族がこの寺にお参りをしたため、いつしか信貴山には羽織袴でお参りに行かないと失礼であるという庶民の感覚が、いつの間にか育っていったようです。
一方、宝山寺は商売繁盛や家内安全など、現世利益の願い事を叶えてくれるお寺として、主に大坂の商人たちを中心に篤い信仰を集めました。こちらはいわば、庶民のお寺。そのため、前垂れをしたままでも大丈夫、普段着でお参りをしましょうというわけです。同じ生駒山麓にありながら、信仰をする人々の位や身分によってかつては大きな違いがあったことが言葉に残されているのです。1の往馬大社は毎年10月の勇壮な火祭りで知られる古社。2の千光寺は、役行者(えんのぎょうじゃ)に始まる修験の伝統を受け継ぐ寺院。女人の修行道場として栄えました。4の竹林寺は行基の墓所として、また鎌倉時代に戒律の復興に尽力した忍性(にんしょう)の墓所としても知られます。いずれも古代生駒の宗教世界を今に伝えています。
問題3 |
室生寺金堂の十二神将のうち、考え事をしているように見えるのは、さて、何年の神像でしょうか。 1.未神像 |
正解は、1の未神像。
室生寺の十二神像は鎌倉時代の作で、木造彩色。目は玉眼で、それぞれに豊かな動きの見応えある十二神像です。たとえば、正解の未神像は、左手で頬杖をつき、さらに左足を右足の前まで引き、かかとを浮かせて、何やら思案中といったユニークな像です。2の巳神像は左手を頭の上にかざし、遠くを覗き込んでいます。3の子神像は左手を手のひらを上に大きく上げて、「あ、雨だ!」とでも叫びそうなようす。4の申神像は体をぐっと捻り、矢筈(やはず=矢の弦に掛ける部分)を真剣に見ているのですが、まるでビリヤードで玉を突く準備をしているよう…。表情も楽しく見飽きることがありません。
十二神将は薬師如来の眷属(けんぞく)です。眷属とは従者のことで、薬師如来や薬師経を信仰する信者を守り、また薬師如来の教えを広める役割も果たす神々です。そのため鎧(よろい)や兜(かぶと)を身につけ、武器を手にする姿でしばしば表わされます。特徴的なのは、頭にいただく十二支の動物たち。日本でも平安時代以降に造られた作品にはよく見られ、逆に新薬師寺のように天平期の作品には動物の姿は見られません。しかし十二支と結びついたのは中国でのことと考えられ、そのため1日の時刻や、12の方角の守護神としても信仰を集めるようになります。
奈良では室生寺や新薬師寺のほかに、興福寺東金堂の十二神像や、同じく興福寺の国宝館に収められる板彫りの十二神将像、東大寺、栄山寺、霊山寺などの像があります。なかでも新薬師寺の塑造(そぞう)十二神将立像のうち、伐折羅(ばさら)大将像は、500円切手のデザインにもなったことでよく知られます。まさに怒髪天を衝く髪の毛と、見開いた目、くわっと開いた口が印象的な、力強い造形をもつ像です。ところで今年の十二支は未。そして未の方角を守護するのは頞儞羅(アニラ)大将です。奈良中の頞儞羅大将に会いに出掛けてみてはいかがでしょうか。