第104回 勝手に奈良検定
問題1 |
紅葉美しい秋の奈良。写真の場所も紅葉の名所として知られます。さて、この場所を詠んだ『小倉百人一首』にも選出されている人物といえば、次のうちの誰でしょう? 1.持統天皇 |
正解は、4の在原業平。
業平が詠んだ『小倉百人一首』の一首といえば、「ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは」(古今集)ですね。写真は、竜田川の紅葉のようすです。斑鳩町の龍田集落の西を流れる竜田川は、古くから知られる紅葉の名所です。同じく竜田川の登場する歌、「嵐ふくみむろの山のもみぢ葉はたつ田の川の錦なりけり」(後拾遺(ごしゅうい)集)は、平安時代の僧、能因(のういん)法師の作。他の選択肢も百人一首に選出された歌の作者です。1の持統天皇は天智天皇の娘で天武天皇の皇后。天の香具山の歌を詠んでいます。2の柿本人麻呂は持統・文武天皇時代に宮廷で活躍した歌人、一人寝の寂しさを詠んだ歌が選ばれています。3の阿倍仲麻呂は遣唐使として渡唐した人物。三笠山に昇る月の歌がよく知られています。
在原業平(825~850)は平安時代の貴族で、六歌仙の1人に数えられています。皇族に生まれますが、権勢をふるう藤原氏を恐れた業平の父の考えで、臣籍降下して風雅に身をやつす人生を歩みました。『伊勢物語』の主人公「昔男」ともいわれ、平安貴族の青年たちから理想の人間像とされました。物語に著された雅な振る舞いと美しい容貌がつくる憂いの表情は、光源氏など後の作品にも受け継がれていきます。恋多き人でもあり、好色の業平に連れ去られないよう、娘たちは炭を顔に塗り、醜くよそおったという伝承もあるとか。
奈良にはほかにも業平ゆかりの地があります。まずは不退寺。木造聖観世音菩薩立像は業平自身の作と伝え、父である阿保親王の菩提を弔うべく、「不退転法輪寺」と号したのが創建の由緒です。また、大阪府八尾市神立(こうだち)から十三峠(じゅうさんとうげ)を越え、平群町を通って竜田までを結ぶ十三街道。「業平道」とも呼ばれ、天理から神立の娘まで800夜も通ったという、『伊勢物語』の「筒井筒(つついづつ)」、「業平の高安通い」の舞台として知られています。そして天理市櫟本町(いちのもとちょう)の在原神社。業平が生まれ、紀有常(きのありつね)の娘と居を構えたと伝わるこの地には、「筒井筒」とされる井戸があります。好天の秋の日には業平ゆかりの地で歌を詠み、雅な昔男になりきるのも楽しいかもしれません。
問題2 |
上北山村と天川村にまたがる紅葉の名所。ある人物があまりの険しさに引き返したといういわれをもつこの場所は、さて、次のうちどれでしょう。 1.大台ヶ原 |
正解は、3の行者還。
ある人物とは、修験道の開祖である役行者(えんのぎょうじゃ)。彼がその峻険さに一度は引き返したといわれることから、この山を「行者還」と呼ぶようになりました。上北山村と天川村にまたがってそびえるこの山は、修験道の修行の道である「大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)」の大普賢岳と弥山(みせん)の中間にあり、南側は切り立った岸壁になっています。また道沿いの75の行場「靡(なびき)」の1つでもあります。人跡まれな山中にあるため、登山口周辺は、紅葉の名所の喧噪からはほど遠い、静寂な美しさに彩られています。濃紺の空に紅葉した広葉樹がきらめくさまは、大自然の澄んだ空気に冴えわたる美しさです。
役行者、本名・役小角(えんのおづぬ・634~701)は舒明天皇の6年、大和国南葛城郡茅原(ちはら・現御所市茅原)に生まれました。長じてからは元興寺に修行に入り、生駒や大峯などの奥深く険しい山々で修行を重ね、蔵王権現(ざおうごんげん)を感得したとされています。役行者が根本道場として定めた大峯では、今も厳しい修行の場として戒律が守られています。
1の大台ヶ原は、屋久島と並び、日本で最も雨の多い地域です。年間総雨量は5000ミリ。紀伊半島本来の原生林の姿を残しているため、国立公園に指定されています。2の鎧岳は奈良県東部、曽爾(そに)高原の対岸にそびえる室生火山群の活動がつくりだした奇岩群の1つ。ほかに、「屏風岩」「兜岳(かぶとだけ)」と呼ばれる山があります。柱状節理の雄々しくダイナミックな大岩壁が見る者を圧倒します。4のみたらい渓谷は、天川村・大峯山から流れ出た山上川(さんじょうがわ)が天(てん)の川に合流する最下流部にできた渓谷です。南朝の皇族が住まった場所でもあり、南朝のロマンを秘めた伝説が残っています。
問題3 |
「百楽門」「やたがらす」「つげのひむろ」…。 1.正暦寺 |
正解は、1の正暦寺。
「百楽門」「やたがらす」「つげのひむろ」、これらは奈良で製造されている日本酒の銘柄で、正暦寺でつくられた酒母をもとに醸造された「菩提もと(ぼだいもと)仕込み」のお酒です。奈良市菩提山町の山中にあり、一条天皇の勅願を受け兼俊(けんしゅん)僧正が創建した正暦寺は、清酒発祥の地といわれています。
中世、興福寺の別院として栄えていた正暦寺では、荘園からあがる米をもとに、僧侶の手で酒造りが行われ、天部の仏や神に捧げるお酒として自家製造されていました。正暦寺はそれまでの濁酒とは異なる、水のように透明な「清酒」を醸造することに成功、僧坊酒「菩提泉」は天下一の銘酒として全国にその名をとどろかせます。しかし、寺の衰退とともに酒造りも忘れられていきます。平成7年(1996)、「奈良県菩提もとによる清酒製造研究会」が発足し、苦心のすえ、菩提泉の元となる酒母「菩提もと」を再現、「菩提泉」を現代に蘇らせることに成功しました。正暦寺では、いまも毎年1月に酒母の仕込みを行っています。できた酒母は、研究会に所属する蔵元が持ち帰り、蔵元それぞれに特色豊かな日本酒が醸されています。銘柄は上記のほかに「三諸杉(みむろすぎ)」「嬉長(きちょう)」 「菊司(きくつかさ)」「両白(もろはく)」「升平(しょうへい) 」「鷹長(たかちょう)」があります。
正暦寺は3000本以上の楓の木に囲まれた「錦の里」とも呼ばれる紅葉の名所として知られており、紅葉にあわせて本尊薬師如来倚像の特別開扉も行われます。ちなみに、2の長谷寺はぼたんで有名な桜井市初瀬のお寺です。紅葉の時期には「もみじまつり」が開催されます。3の芳徳禅寺は柳生但馬守宗矩(むねのり)が亡父石舟斎(せきしゅうさい)の供養のため創建した、柳生家代々の菩提寺です。燃えるように色づくもみじを剣豪も眺めたことでしょう。同じく柳生街道沿いにある4の円成寺は、若き日の運慶作・大日如来像(国宝)で知られ、名勝・浄土式庭園に映りこむ紅葉はまさに絶好の撮影スポット。いずれも紅葉狩りにはぴったりのお寺です。ぜひお出掛けになられてはいかがですか。