第4回 勝手に奈良検定
問題1 |
この矢印の山、何山と何山ですか? |
正解は畝傍山(うねびやま、手前)と二上山(にじょうざん)。
畝傍山は耳成山(みみなしやま)、天の香具山(あまのかぐやま)と並ぶ、大和三山の一つ。標高199mで、大和三山の中ではもっとも高い。頂上からの奈良盆地の眺めはまた格別である。
一方二上山は、標高517mの雄岳と標高474mの雌岳の二峰をもつトロイデ式火山。この山から産出する凝灰岩は非常に良質で、藤ノ木古墳や高松塚古墳の石棺や石室、また寺院の基壇や礎石に用いられてきた。実用面だけではない。二上山の向こうに沈む夕日がいつしか信仰の山としての性格を与え、謀反の罪で処せられた大津皇子が、雄岳の山頂に葬られた。現在は「にじょうざん」と呼ばれることがほとんどだが、古くは「ふたかみやま」と呼ばれた。
問題2 |
ブル、ミケ、ドレミ、スイート号でゆく全長約2km、12分の旅。商売繁盛のお寺へ向かう、この種のものでは日本でもっとも古い歴史をもつこの路線とは、いったい何線? |
正解は生駒ケーブル(生駒鋼索線/いこまこうさくせん)。
商売繁盛のお寺とは、生駒の宝山寺。生駒ケーブル線が開通したのは、1918(大正7)年の8月29日のこと。生駒鋼索鉄道株式会社によって鳥居前から宝山寺まで、日本初のケーブルカーが走ることになった。運転開始当初の距離は1.1km、1926(大正15)年に生駒ケーブル2号線が開通、複線化し、続いて1929(昭和4)年3月27日には路線が延長され、宝山寺から生駒山上までが結ばれた。鳥居前から宝山寺までを宝山寺線、宝山寺から生駒山上までを山上線と呼ぶ。
面白いのは宝山寺線。ケーブルカーと聞くと観光地を走る路線というイメージがあるが、宝山寺線は住宅街の中も走る生活路線。朝夕は通勤通学の利用客も多く、それがまたこの路線の味わいを増している。2000年に運行が開始されたブル、ミケ、ドレミ、スイート号、どれも驚くほど派手だが、日本最古の歴史をもつケーブル路線、一度乗ってみては?
問題3 |
元禄7(1694)年9月9日、重陽の節句にここを通った松尾芭蕉は、「菊の香に ●●●●登る 節句かな」の句を残している。芭蕉が登ったと記した場所とはいったいどこ? |
正解は暗峠(くらがりとうげ)。
問題の句は「菊の香にくらがり登る節句かな」となる。芭蕉が大和の風景を詠んだ句は多く、奈良県内には20を超える芭蕉の句碑が建つ。この句が詠まれた元禄9(1694)年は、松尾芭蕉(1644~1694年)が世を去った年。すでに体調を崩していた芭蕉だったが、大坂の門人に招かれ、弟子二人、身寄りのもの2人と共に奈良を発ち、暗峠を越えて大坂に入った。しかし落ち着くまもなく病に伏し、二度と旅に出ることはなかった。
標高455mの暗峠は、奈良と大阪を結ぶ生駒越えの峠の一つ。奈良下三条口と大阪の玉造りまで、約8里の暗越(くらがりごえ)奈良街道が結び、芭蕉の時代、数ある峠の中ではもっとも往来のあった経路だったという。現在も国道308号として、日本の道百選にも選ばれた風情ある石畳の道を残している。